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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)543号 決定 1985年10月25日

抗告人

中田篤司

右代理人弁護士

助川正夫

抗告人

源田明一

主文

抗告人中田篤司の本件抗告を棄却する。

抗告人源田明一の本件抗告を却下する。

理由

一抗告人中田篤司の抗告の趣旨及び理由は別紙一記載のとおりであり、抗告人源田明一の抗告の趣旨及び理由は別紙二記載のとおりである。

二抗告人中田篤司の抗告について

1  本件記録によれば、原裁判所は、昭和五九年一二月一四日、抗告人源田の申立てにより、原決定添付物件目録記載の不動産(1)(2)(3)(以下「本件不動産」という。)について強制競売開始決定をし、評価人石渡伸和が本件不動産を評価した結果、一括売却を前提とした評価額を三〇〇〇万円とした評価書を原裁判所に提出したこと、原裁判所は、本件不動産を一括売却の方法により売却することとし、その最低売却価額を三〇〇〇万円、買受申出の保証額を六〇〇万円とし、昭和六〇年七月二二日から同月二九日まで期間入札を行い、同年八月五日午前一一時に開札期日を、同月一二日午前一〇時に売却決定期日をそれぞれ開くことを定め、原裁判所書記官においてそれらの事項を適式に公告したうえ、右のとおり期間入札が行われたこと、開札期日に開札したところ、抗告人中田の入札を含む一四件の入札があつたが、同抗告人の入札書の入札価額が三億五〇〇〇万円と記載されていたのに対し、その余の入札書の入札価額は最低三三六一万円から最高四三六一万円と記載されており、同抗告人が最高価買受申出人となつたこと、前記売却決定期日には利害関係人の出頭がなく、原裁判所は、本件不動産を三億五〇〇〇万円で同抗告人に売却する旨の売却許可決定(原決定)を言い渡したこと、以上の各事実が認められる。

2  右認定のとおり、本件不動産の評価書の評価額及び最低売却価額はいずれも三〇〇〇万円とされ、かつ、同抗告人以外の入札者の入札価額は最高でも四〇〇〇万円台であつたことからすると、三億五〇〇〇万円という同抗告人の入札価額はあまりにも著しく異常であり、かかる入札をあえてする特別の事情があつたことも何らうかがわれないことを勘案すれば、同抗告人の右入札価額の記載は、三五〇〇万円とすべきところを何らかの錯誤により三億五〇〇〇万円と誤記したものである可能性が大きいということができる。

3  しかしながら、更に検討すると、本件評価書の評価額欄には「一括売却合計金30,000,000円」と、期間入札の公告書の最低売却価額欄には「一括3000万円」と明瞭に表示されており、これを三億円と見誤ることは通常考えられないところであるし、右評価書、現況調査報告書及び物件明細書等によつて知りうる本件不動産の規模、状況等からみても、到底三億円もの価額のある物件ではないことが明白であつて、それにもかかわらず、同抗告人が最低売却価額を三億円と誤認して前記入札をしたものであるとすれば、同抗告人に重大な過失があつたものといわなければならない。また、仮に同抗告人が入札価額を三五〇〇万円と記載するつもりで三億五〇〇〇万円と誤記したものであるとしても、入札書の入札価額欄(算用数字で記入するようになつている。)は、一桁から一〇億桁まで各数値の位取りごとにその単位を表示した枡によつて明瞭に区分され、記入の際に位取りの誤記をしないような形式になつていること及び同抗告人は右入札価額欄の下段の保証額欄には正しく六〇〇万円と記入していることなどの事実に徴すれば、右誤記もまた同抗告人の重大な過失によるものといわざるをえない。そして、他に右以外の事由により同抗告人が重大な過失なくして前記入札価額を誤記したものと認めうる資料は全く存在しない。

以上のような事実関係の下においては、仮に同抗告人の前記入札価額による買受申出に右錯誤があつたとしても、同抗告人は、本件競売手続において右錯誤による買受申出の無効を主張することはできないものと解すべきである(民法九五条但書参照)。

4 したがつて、競売手続における買受申出が錯誤により無効とされる場合に、民事執行法七一条二号の規定を準用して、当該買受申出に基づく売却を不許可とすべきものであるとしても、本件においては、右のとおり錯誤による買受申出の無効の主張が許されない以上、同号の準用により同抗告人に対する本件不動産の売却を不許可とする余地はないものといわなければならない。

5  同抗告人は、原裁判所は前記入札価額の記載が誤記であることを一見して知りえたものであるから、民法九三条但書によりその買受申出を却下すべきであつたと主張するが、買受申出のような執行手続上の行為について裁判所の知、不知によつて右行為の効力を左右することは到底許されないところであり、右主張は採用の限りでない。

また、同抗告人は、原裁判所が右のとおり誤記であることを知りえた以上、売却決定期日を続行し、同抗告人の意見をきくべきであつたと主張するが、売却決定期日は適式に公告され、同抗告人において自ら出頭して意見を陳述する機会が与えられていたばかりでなく、仮に同抗告人の意見聴取を行つたとしても、前示のように、本件においては錯誤を理由として売却を不許可とはなしえないのであるから、いずれにしても右意見聴取を行わなかつたことをもつて売却手続に重大な誤りがある(民事執行法七一条七号)とすることはできない。

同抗告人の主張する抗告理由はすべて理由がない。

三抗告人源田明一の抗告について

1  本件競売手続は、同抗告人の申立てによつて開始され、最低売却価額をはるかに上まわる価額で売却許可決定がなされていることは、前認定のとおりである。そして、同抗告人が右売却価額より更に高額で売却されるべきことを主張しているものでないことは記録に徴して明らかであるから、他に特段の事情のない限り、同抗告人は、本件競売手続を無効とすることについて利益を有せず、右売却許可決定により自己の権利を害されること(同法七四条一項)はないものというべきである。

2  これに対し、同抗告人は、本件においては、買受人中田に前記のような錯誤があるため買受代金が納付される見込みが全くないと主張するが、買受人において買受代金を納付しないときは、同法八〇条所定の効果が発生することとなるのであつて、それにより競売申立人たる同抗告人に法律上当然に不利益が発生するわけではない。

また、同抗告人は、原裁判所から本件競売の執行官手数料として、売却価額三億五〇〇〇万円を基準に二九七万円もの高額の予納を命じられており、それを支払うことができないと主張するが、競売申立人が執行手続に必要な費用として裁判所の定める金額を予納すべき負担を負うことは当然であり(同法一四条)、執行費用は執行手続において同時に取り立てることができるものである(同法四二条)から、売却価額が予想以上に著しく高額となつたために予納すべき執行官手数料が高額化したとしても、これをもつて当該売却により競売申立人の権利が害されたということはできない。右手数料の予納を免れるために売却の無効を主張するがごときは論外である。

3  そうすると、同抗告人は、本件売却許可決定により自己の権利を害されたとはいえないから、右売却許可決定に対して執行抗告を申し立てることはできず、同抗告人の本件抗告は不適法というべきである。

四以上のほか、記録を調査しても、原決定を取り消すべき事由は認めがたい。

よつて、抗告人中田の本件抗告はこれを棄却し、抗告人源田の本件抗告はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官中島 恒 裁判官佐藤 繁 裁判官塩谷 雄)

別紙一

抗告の趣旨

東京地方裁判所昭和五九年(ヌ)第五八六号不動産強制競売申立事件につき、同裁判所が昭和六〇年八月一二日した競落許可決定は、之を取消す旨の裁判を求めます。

抗告の理由

一 本件競買許可は、その売却手続に重大な誤りがあるものとして、民事執行法第七一条七号により売却不許可決定をすべきものである。

(イ) 抗告人は本件物件の最低競売価額三、〇〇〇万円に対し、競売申出価額金三五〇〇万円を以て入札した。

しかるところ抗告人は、申出価額三五、〇〇〇、〇〇〇円とすべきところを三五〇、〇〇〇、〇〇〇円(三億五〇〇〇万円)を誤記、これが最高価競買申出人となつて、競落許可決定となつたものである。

(ロ) 右申出は、明らかに誤記であり、申立人の眞意にでたものでないから無効である。

裁判所は、右表意者である抗告人が金額を誤記したものであることを、物件の鑑定価格、その他から、一見して之が金三五〇〇万円の申出の誤記であること、すなわち、表意者の眞意を知り得たものであるから、民法第九三条但書により、競買申出を却下するか、又は競落決定期日を続行し、抗告人の意見を聴くべきであつた。

(ハ) 右手続をしないでした本決定は、売却の手続に重大な誤りがあるものとして、取消されるべきものである。

別紙二

抗告の趣旨

東京地方裁判所昭和五九年(ヌ)第五八六号不動産強制競売申立事件の昭和六〇年八月一二日した競落許可決定は之を取消す、との裁判を求めます。

抗告の理由

(1) 本件競落許可決定は、中田篤司が本件競売物件(1)(2)(3)に対し一括して金三億五〇〇〇万円で競買申出(入札)があり、之に対し裁判所は競落許可決定をした。

(2) 本件の最低競売価額は三〇〇〇万円で之を三億五〇〇〇万円としたことは明らかに入札書の金額の誤記であることは物件の現状、評価その他一件記録により明らかであるから、裁判所としては、申出人中田を審尋し、その眞意を明らかにしてから、許可、不許可を決すべきであつた。

(3) 本件について申出人中田は金三五〇〇万円を以て入札したものと思われ、中田にではなく第二順位の申出人に競落許可をすべきである。

このままでは競買代金の払込みは全く考えられず、中田の申出は法律上無効と思われるから、本抗告により取消を求める。

(4) 又、抗告人は中田の競買により東京地方裁判所執行官の競売手数料として入札価額金三億五〇〇〇万円を基準に金二九七万円の予納を告知された。

抗告人はかかる金員を予納できないのみでなく、無効な競買により之を執行官手数料として支払うことは許されないものというべきである。

(5) 以上のとおり、本競落許可決定は、重大な手続の誤りとして取消し、第二順位の申出人を最高価競落人として改めて許可されるべきである。

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